これはつぎ足し分です。
その後も、「笑える実話」を補足してほしいという、“何かの意図”や“この本自体の意図”を強く感じる“Synchronicity”が頻繁に起こり続けるので、「笑える実話」を補足させていただきます。
この“リュックサックの話し”だけだと、アホな人間がタイムセールでリュックサックを、安く買えただけの話しになってしまいます。
その後も、頻繁に起こり続けるSynchronicityには次のようなモノがあります。
私を祝う・祝い事や、波動が上昇していると感じられる日には、私の所有している車のナンバー○○○○の4桁と、すべてが同じナンバーの○○○○の4桁の他人の車が目の前に駐車します。
そして同じ日のうちに、信号待ちで止まっていると別の車種で同じナンバーの○○○○の4桁の他人の車が目の前に止まったり、また別の車種で同じナンバーの○○○○の4桁が横に停車したりします。
この偶然が1日のうちに、1回だけだったら、そんな日もあるでしょう。
ただ、1日のうちに、3度以上の日が続きはじめると、もはや確率論の範疇を超えていきます。
あなたは「それがどうしたというのだ!」と言うかもしれませんが、私に起こるSynchronicityの物語は、つねに確率論の範疇を超えているということを伝えたいのです。
自分にメッセージを伝えたい“見えない存在たち”は、このような人間業では実現できないSynchronicityを利用してコミュニケーションをとってきます。
私にとって、自分の所有しているあらゆるナンバー(車のナンバープレートに限らず)が偶然重なるということは、“見えない存在たち”からの神聖なメッセージです。
Synchronicityのあまり起こらない普通の人びとにとっては、どうでもいい偶然であっても、幸運に愛されている私にとっては、敬意の念と神聖なメッセージなのです。